許しとは

許し続ける旅
許せないことや人がある時に
それを許せばいいんだよ。
って、他人は言います。
人ごとだから言えるんです。
挙げ句の果てには
「わたしはもう『許したの』(すごいでしょ?)」
って頼んでもいないアドバイスのついでにアピールする人もいる始末。
あのね、人によってそのプロセスは全く違うし
「許す!」を最初にすると傷は深まるのよ。
「わたしは全て許した!」って完了したことをアピールする人に出会うと
「うむ、第一段階はね」
って心の中でツッコミ入れています。
人生は許し続ける旅だから。
うらまれ役と心の傷
許すためには「うらまれ役」が必要です。
大抵は幼少期から独り立ちするまで育ててくれる人間、両親だったり、両親に代わる人だったり。
そんなうらまれ役みたいになるもんか!と思って、コピペみたいな人間になる。
もしくは、自分で自分を責めているのと同じことをしている人をうらまれ役として採用します。
自分では「嫌だなぁ」って思っていることに無自覚なのでとにかく相手を責めたり正したりしたくなる。
親子で子供側だと親を正すのも難しいから
「あぁはなるまい」
って心に誓ってその通りになる…笑
なぜ「嫌だなぁ」って思うかというとそのうらまれ役からなんらかの「心の傷」をつけられた。と思っているから。
この心の傷の例は
「親の外面の良さと家での怒鳴り散らす落差に人間不信」
とか
「親の下品な振る舞いに恥ずかしい思いをした」
など。
相手がしていることを自分の価値と結びつけて勝手に傷ついている。
だから許せばいいじゃん!
はちょっと乱暴です。
その傷ついた心は確かにあるんですもの。
心の傷が治れば勝手に許せる
何かや誰かを「許す」って心のパワーが満タンになると勝手に起こります。
そのためにも「許したい対象」によってできた心の傷を癒すのが先決。
傷が癒えれば
「人見知りすぎて外面を良くしないと人に会えなかったのか。その反動で家では傍若無人だったのか(メイワクー笑)」
や
「親が下品に見えたのはフレンドリーな感じを出したかったけどやり方がわからなくて下品になってただけなのか、不器用すぎる…(アレ自分もか?)」
といった
「許し」
が勝手に起きるのですよね。
これを繰り返しているのが人生なので、1度許して終わったはずなのに!ってことが起きてもそれ普通です!!!
人生の時間は有限ですがあなたが許したいものを許すには時間は十分ありますよ。
それでも許せない!
心の傷が!
という方は個人セッションでもお話できます♪
お気軽にお問い合わせくださいね。
また読みに来てください。
坂巻由美子